舞台は1819年ごろのパリ。革命とナポレオンの時代は過ぎ去り、再び王が支配者になった時代だ。
主な登場人物は、南仏の田舎貴族家からパリの大学へやってきたラスティニャック、教養が深く理知的で謎めいた大男のヴォートラン、そしてゴリオ爺さんという3人の男だ。彼ら3人などが暮らすのが、パリの場末の下宿「ヴォケール館」。
特に話を動かすのはラスティニャックである。
この小説は……面白かった! Kindle Unlimited で読んだんだけど、思わず紙でも買ってしまったくらいには面白い。
特にラスティニャックがいい。彼のように若い男が、パリという街でいろいろな人や出来事に出会いながら、生き方を定めていく様子がとてもよく描写されていると思う。
他の人物も含めて、この小説を現代の東京に翻案して書いてみても、リアリティがありながら面白い話になりそう。
特に好きなのは、ラスティニャックが初めて上流階級の家に行くシーン。ヴォケール館なんていうパリの場末の貧相で汚い下宿ではなく、物質的な豊かさに溢れた家にラスティニャックが立ち入り、その魅力を知るところだ。あそこは、この小説が持つ細々とした描写が噛み合って、とても説得力のあるものになっていた。
あと、ラスティニャックが女の風呂上がりを待つシーンも好きです。なんかエロくて。
……
それにしても、約200年前に書かれた本だって感情移入しながら読めるなんて、小説ってとても賞味期限が長いんだなあと思った。
いまこうして2023年に生きている私が、ラスティニャックの気持ち、ヴォートランの気持ち、ゴリオ爺さんの気持ち……はあんまりわからないけど(子どもがいないので)、だいたいの人物の気持ちを想像しながら読める。これってすごいことなんじゃないだろうか?
なんなら、1000年以上前の源氏物語でだって同じようなことができる。1000年前の哲学や自然科学の知識だったら、現代では使い物にならないのに。
まあ、哲学や自然科学が持つ分析的なところと、小説が持つ模倣的なところって違うものか。そしたら当たり前ではあるな(自己解決)。
それにしても、自分の読書感想文を読んでいると、だいたい「面白かった」って言ってる気がするな。
本当に面白かった時しか「面白かった」とは書かないようにしてるんだけど。